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はじめに
およそ英和辞典は,はたしてどの程度にまで理想的な英文リ−ディング辞典であるのだろうか.これは甚だしく大それた,無分別な問いであると見えるかもしれない.しかし実は本研究は,この疑問から出発している.なぜならば私はいま,次のようなことを考えているからである.
問題はきわめて基礎的な,基本的な単語の取り扱い方であると思う.英文において,われわれが常に目にするものが基礎的な,基本的な単語である.しかるに――
1 本来英単語はいかなる基礎的な単語でも,それが現われるセンテンスによって,さらにそのセンテンスが置かれる環境によって,どのようにでも分かりにくくなるし,さらには取り違えやすくもなる.英和辞典はこの事情を視野に含んでいない.単語の使用例を示す英文はつねに簡単かつ明快であって,実際の使用で生じうるような複雑さ,難解さの要素は排除されている.また実際の英文であるなら有している筈の前後の脈絡(コンテクスト)も切り落とされているが,単語が持っているそのときどきの意味は,実はそこでの前後の環境に照らして判断をされるべき場合が多いのである.
2 基本的単語にはおおむねいくつもの意味,いくつもの用法がある.しかるに英和辞典では,それぞれの単語の中心的な意味,用法が大きく取り扱われる.そしてその反面で,英文を解釈する際にハ−ドルになりそうなこと,語学的にみて注意すべきことを特別に重要視する,といった原則はない.分かりにくいかどうか,取り違えやすいかどうか,は原則として考慮されない.(つまり英和辞典は十分に「戦略」的でない.したがって,「すでに知っている」つもりの単語について辞書を引くことが,実行されにくい.されない.)
3 これは英和辞典にとって非本来的といえる事柄であるが,辞書にはおりおり,英文を読む者,英文解釈を試みる者としてあえて再考察を求めたい,と思うような記述が見つかる.いやそれにもまして,記述そのものの不存在,が見つかる.しかもこれは基本的単語についてこのことが言えるのである.こう言えば,オヤ何を言うか,と首をかしげられる向きがあるに相違ない.しかしとにかく,この事実はわれわれが実際に経験,遭遇をすることなのである.
――かりにこれらのように考えて差し支えないならば,すなわちここに,新しい英単語論が待たれる.すなわちそれは,これらの各点に関連して既存の英和辞典にない視点と観察を提示するものであること.そしてそうした限りにおいて,あえて既存の辞典にたいする補足,補助の役割をもつことを志願するものであること.およそこのような,世に稀な(!)試みであることが許されるのではないだろうか.
(中略)
冒頭に記した考えを発展させているために――つまり一切が英和辞典から出発しているために――,本書の内容はかなり幅広い範囲の読者諸兄姉を意識するものとなっている.項目の中にもそのような性質のところが多い.しかしここで私としては,あわせて次の願いを述べたい.どうか本書の論述が大学,大学院の先生方,大学進学校の先生方,そして英米の書物の翻訳に携っておられる先生方のお目にとまるように.あわせて,私の無知,無理解,ほか何にてもお目障りの事柄について,ご教示,ご批正,ご叱責を頂戴することが出来るように.
(後略)
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